[運がいい]


これは僕のお婆さんから聞いた話だ。

戦後の直後、仕事がないので、お婆さんが道で果物売ることになった。果物は 腐りやすい物だから、早く売り切った方がいいって言うわけで、毎日、遅く でも、続くことになった。

ある日、夜の12時

この日もそうだった。遅いのせいか、寒いのせいか、わからないが、とにかく、 寂しい道だった。

私[今日もだめか]

とため息しながら、自分へ言い聞かせた。みかんは右の床に並んでいる。 この上に10円一山って言う札も刺さっている。わざわざ整理する必要でもない が、ついやってしまった。整理するうちに、左にだれが立っていることを 気付いた。振り向いて見ると、20からみの男がいった。

私[こんばんは、みかん、いかかですか。美味しいですよ。]

と声をかけると、男がちょっとびっくりした様子で、私の顔をじっと見ていた。 何分後、やっと

男[こんばんは、寒いですね。]

と返事してくれた。

男[こんな寒い日で、外で商売するのは、大変ですね。]
私[そうですね。でも、寒いも寒いのいいところがありますよ。果物が腐りにくい からね。]
男[そう言えば、そうですね。お婆さん、子供は、手伝わないですか。]
私[子供も自分のことだけでも精一杯なんです。]

私もおしゃべりだから、その後、自分のことばかり喋っていた。夫が戦争で 死んだとか、自分が如何いうぶり、一人で子供を育てるとか。男も静かに聞いて くれた。ただ、向こうの道にだれか通る時、必ず見る、人を待っているように。

男[あの、すみません。用事があるので、失礼します。]

と言って、夜の道から去って行った。空を見ると、明け方に近い時間だった。

次の晩

男がまた来た。私もまた昨日の苦労話を続けた。

私[人を待っているのですか。]

と男に聞いたが、答えは無言のままだった。

次の晩

男がまた来た。如何おしゃべりの私でも、三日間続くことができるわけ ではなかったろう。だから、今日は、私も、彼も、黙ったまま座っている。

一時、二時、そうそう、あれは三時に起きったことだ。向こう側の道に 女と男が現れた。恋人のように歩いていた。その時、私の隣に座っている 男が突然立ち上がった。それだけではなく、体はすごく細くなって、 背中は本来の二倍、いえ、三倍の高さになった。そして、向こうへ走り はじめた。あっと言う間に、あの二人の所に行った。細く、長くなった手 で女を掴もうとしたが、如何しても、できなかった。その後、二人がある 建物に入った。男は元に戻って、私の所に戻った。固くなった私に

男[お婆さん、安心して、何もやらないから。]
私[...]
男[先の女は僕の恋人だ。一緒に自殺すると約束したが、薬を飲んだのは僕 だけだった。許せない。約束どおりさせたかった。でも、彼女は今運がいい から、できなかった。]
私[...]

私が黙って、向こうがばかり話のは、産まれたから、初めて、だ。

男[運がいいって言っても、何時までも続くわけないでしょう。]
私[...]

次の晩

男がまた来た。如何おしゃべりの私でも、男に声をかれることができるわけ ではなかったろう。

次の晩

男がまた来た。

次の晩

来た。

次の晩

来なかった。

[何時までも続くよい運がないので、何時までも続く悪い運もないんだ。]

とお婆さんが僕に残った忘れられない言葉の一つだ。

おらり

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